2023.2.28“原寸図” “3D プリンター”、
時代を超えても
変わらぬことは、
現物主義の身体的なデザインプロセス。
ワークプレイスの中に「柔らかく包み込まれてリラックスした状態」を生み出し、質の高いアイデアやリチャージにつなげていく「エンフォールド(ENFOLD)」。
家具はもちろん建築や環境什器など様々なデザイン分野の第一線で活躍を続ける中曽雄二氏がデザインを手がけ、構想から3年もの歳月を経て完成しました。
その丸みを帯びた独特の形状、まるでホテルのラウンジで過ごしているかのような心地よさ、たくさんのバリエーションは、どのようにして生まれたのでしょうか。
そこで今回は、中曽氏へのインタビュー内容をもとに、「エンフォールド」にまつわるストーリーをご紹介します。
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最初のスケッチは、お風呂上がりに。
浮かんだイメージは「ほわっと包み込む」「ワークプレイスに情緒的な価値を」という「A.T.I.C」のコンセプトのもと、これまでホテル空間のプロジェクトに数多く 携わってきたアダルの得意分野を活かし、「まるでホテルのラウンジで過ごしているかのように心地よくリラックスで きるイージーチェア」の開発が始まりました。
構想を練り続けた中曽氏が最初にアイデアスケッチを完成させたのは、とある日のお風呂上がり。頭に浮かぶ形状のイメージを夢中で描き上げ、さらにその夜の間に追加で3案を完成させたそうです。
「包み込むようなデザインにしたいと思って考えていたところ、しだいに形状が浮かび上がってきました。ほわっと包み込むというイメージで、その“ほわっと”が大事。最初のアイデアスケッチで張がシワシワなのも、ほわっと感を重視したからです」と語る中曽氏。アイデアスケッチの後は、原寸図を手書きで仕上げるのが中曽氏のスタイル。20歳から25歳の頃まで原寸図の手書きを繰り返す毎日だったそうで、サイズ感が体に染み付いているとのこと。
どれだけの歳月が経っても揺るがない職人としての基盤を感じます。 -
形状を具現化するため、モールド製法を選択。
CGと3Dプリンターで検証し、「包む」を追求。中曽氏の原寸図をもとにアダルの工場メンバーとの打ち合わせが始まり、その独特の形状を具現化するために工場メン バーが提案したのが「モールドウレタン」でした。「アダルの担当者の方から、この形状にはモールドウレタンが向いてい ると提案いただきました。私自身も、モールドウレタンによる3次元的な造形が必要だと感じ、試作に向けて動き出すこと に決めました」と中曽氏は語ります。
試作にあたっての大きな取り組みのひとつが、CGによる3D検証でした。中曽氏がCGモデラーの横にはりつきながら細部にわたって調整を繰り返し、立体化。そして、そのCGをもとに試作が行われました。
実際の試作段階でも試行錯誤は続きます。「試作品を確認させていただいたとき、まず感じたのは、当初のイメージよりも大きいということ。座面も背も全体的に大きくて、思い描いていたチェアとは違っていたので調整が必要でした」とふりかえります。その中でも、中曽氏が最も悩んだのは「背」でした。背の高さ・背のあたり・背の形。
スリムにすればするほど求めるデザインに近づきますが、背のあたりの良さが損なわれていく・・・逆に背のあたりの良さを優先するとデザイン的に納得がいかなくなる・・・何度も調整を重ね、ベストなバランスにたどり着くまで模索しました。そうして思い描いていたチェアの具現化を確信できる段階に至り、次は3Dプリンターでの検証に入っていきます。金型を製作する前に、3Dプリンターで全体のバランスやプロポーションを改めて確認し、「包む」の次元を高めました。
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セパレート製作でシリーズ展開へ。
ラウンジタイプにはスラブウレタンを追加。金型の製作においては、椅子の上部分と下部分を別々でつくる方がコストが抑えられるということもあり、ヘッドレストをセパレートにすることが決定。そこでエンフォールドは新たな展開を迎えます。
「上と下を別々で製作するのなら、バリエーションを増やすことができます。ハイバックタイプもできる、もっともっと包み込む形状にもできる。ヘッドレストをセパレートにすることで、可能性がすごく広がりました。
もうシリーズ化しよう!と意気込みましたね」と微笑む中曽氏。ヘッドレストのセパレート製作からシリーズ展開のアイデアへと広がり、エンフォールドには様々なバリエーションが生まれました。その中でもラウンジタイプは、座高や座の傾斜もラウンジチェア仕様に変更する必要があったため、なんと中曽氏は段ボールで1/1スケールモデルをつくり上げ、自身で現物検証を実施!想定した高さでの使用感を細やかに確認していきました。
さらに、座り心地に関しても検証を重ねています。モールドウレタンだけでは、なかなか求める柔らかさに到達しませんでしたが、その上にスラブウレタンを追加することで課題を解決し、イメージ通りの座り心地を生み出しました。 -
最初の構想から3年を経て完成。
作品ではなく商品として最適な解答を。これまでも数多くの家具デザインを手がけてきた中曽氏ですが、完成までに最も時間を要したのがこのエンフォールドだそうです。最初の方向性の打ち合わせから約3年。モールドの試作が2回に木部が4回、部分ごとの試作も合わせると本当に数えきれないほどの試行錯誤を重ねてきました。
「デザインはビジネスの中のパーツであり、デザイナーの作品になってはいけない。作品ではなく商品なので、開発に携わるたくさんの方々と一緒に様々な角度から最適な解答を見出していくべきだと考えています。
今回のプロジェクトでも、アダルの工場の皆さまやCGモデラーの方々をはじめ、開発に携わってくださった全てのプロフェッショナルの皆さまに感謝の気持ちでいっぱいです」と語る中曽氏。また、中曽氏が図面の中だけでなく原寸大でのモデル検証にこだわる背景にも、デザイナーとしての理念があります。
「もうずっと前のことですが、イタリアを代表する建築家・デザイナーの一人、巨匠マリオ・ベリーニ氏の事務所を見学できる機会をいただきました。事務所の中に入ったところ、驚くべきことに図面が一切ないんです。そこには図面ではなく、手でつくられたモデルがたくさん転がっていました。まるで工房のような光景が、鮮烈に記憶に残っています。やはり図面の中だけにとどまっていては本当のデザインはできない。図面をつくって終わりではなく、原寸大のモデルで実際に確認することで、確かなデザインにつながっていくと考えています」
様々な経験を経て構築されてきたデザイナーとしての理念が、エンフォールドの情緒的な価値の中に息づいています。
中曽 雄二
1974年垂見健三デザイン事務所にてキャリアスタート後、
1985年株式会社ヨコタデザインワークスタジオ入社。インテリア・プロダクトの企画及びデザイン業務に従事。
2000年に株式会社プロダクトクリエイティブデザイン設立。日本を代表する企業のプロダクトデザイン・ショップデザイン・環境什器デザインをはじめ、多様なデザイン分野の第一線で活躍中。